コーカサス 国際関係の十字路
2009.12.25 (Fri)
コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)
(2008/07/17)
廣瀬 陽子

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面白い本でした。

この本を読むまで、「コーカサス」といわれても僕は何のことだかサッパリ知りませんでした。

「グルジア」「アルメニア」「アゼルバイジャン」というどこかで聞いたことのある国や、あの「チェチェン」もコーカサス地方に含まれるそうです。

不勉強なので間違いがあるかもしれませんが、僕なりにまとめてみたいと思います。


コーカサス地方は、ロシアの南側、イランの北側、トルコの東側にはさまれた地方です。

ちょうど、ヨーロッパより東で、中東より北で、ロシアより南で、中央アジアより西の地域です。

・・・といわれても分かりにくいですよね。地図をご覧下さい。すみません。↓のページの下のほうに載っています。

http://kcpo.jp/info/38th/Caucas1.html

ちなみに、コーカサスはロシアでは「カフカース」と言われています。


この地域は山が多く、地理的に民族や宗教が多く分かれています。

また歴史的にも、モンゴル帝国やオスマン帝国、ロシア帝国やその後のソ連などの影響を常に受けてさまざまな文化が流入してきました。

多民族、多宗教、多国家の非常に複雑な地域です。


それぞれの国の中に、多くの民族が共存しているために争いが頻繁に起こります。

民族の分布と国境のラインが一致していないんですね。

日本のような島国で「国境」を意識することは少ないですが、世界的に見れば国境と民族分布の違いがさまざまな問題を生じさせる原因になっています。


さて、コーカサス地方には3つの独立国と、ロシア連邦の中の地域があります。


3つの独立国とは、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンです。これらはコーカサス地方の南側にあるので、あわせて南コーカサスと呼ばれます。


一方、ロシアの中の地域として、チェチェン共和国、北オセチア共和国など9つの諸地域があります。

これらは北コーカサスとも呼ばれます。

重要なのは、これらの国は独立国ではなく、あくまでロシアの一部分だということです。


このコーカサス地域では紛争が頻発しているのですが(最近ではロシアとグルジアが紛争を起こしましたね)、もっとも影響力を持つのはやはりロシアです。

ロシアはこの地域で圧倒的な軍事力を持ち、コーカサス諸国の紛争をある程度コントロールできる立場にあります。

何が言いたいのかというと、ロシアは自分の国の利益のために、これらの地域の紛争を利用している可能性が高いということです。


たとえばグルジアという国の中には、南オセチア、アジャリア、アブハジアなどの地域がありますが、これらの地域はグルジアから独立したいと考えています。

さらに、それぞれの地域が独自に軍隊や行政組織をもっているので、グルジアは自分の国でありながら手が出せない状態です。

もちろん、これらの地域は単独ではグルジア本国に勝てません。しかし、ロシアを後ろ盾とすることによって、グルジア本国に対して優勢に交渉や紛争を進めることができるのです。


グルジアは、アメリカやヨーロッパ(EU)と仲良くしたいと強く望んでおり、これがロシアに問題視されています。

ロシアにとってはアメリカやEUはライバルです。

ライバルと親密な国が、自国の近くにあるのは喜ばしいことではありません。

南オセチアやアブハジアなどの紛争にロシアが顔を出すのは、彼らの独立を純粋に応援しているのではなく、軍事力をグルジアに見せつけて、よりロシアにとって都合のいい姿勢をグルジア政府にとらせようとしているわけですね。

グルジアだけでなく、アルメニアもアゼルバイジャンも常に周囲の大国の影響下にあります。


平和な日本に住んでいると、「軍事力」というものの意味を肌で感じることは少ないと思います。

しかし、世界を見回してみると、今も国と国の軍事力の差が目に見える形で人々の生活に影響しています。


本当は軍隊も武器もこの地球から無くなればよいのです。

どんな大義名分があっても、戦争が殺人と破壊で成り立っていることは間違いありません。

戦争は廃絶されるべきです。

しかし、戦争や兵器の廃絶が可能だとしても、それが達成されるのはずーっと先になりそうです。


今、日本では米軍の再編が重大な問題になっています。

沖縄の普天間基地をどこへ移設するかばかりが話題になっていますが、現実の問題はもっと範囲の大きいものだと思います。

日本及び周辺各国の状況(とくに地理的な条件)を考えながら、どこに米軍を配置するのが日米両国の国益にかなうかを考えなくてはいけません。

調べれば調べるほど、簡単な問題ではないということが分かってきました。


本当は、「国益」という言葉がなくなり、人類が人類全体の利益を追求できる時代になればよいのですが・・・

それもまた、ずっと先の話ですね。

今年のクリスマスも、やっぱり人間は戦争をしています。
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あの日 昭和20年の記憶
2008.07.12 (Sat)
あの日 昭和20年の記憶 上あの日 昭和20年の記憶 上
(2005/07/26)
NHK「あの日 昭和20年の記憶」取材班

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あの日 昭和20年の記憶〈下〉―終戦60年企画あの日 昭和20年の記憶〈下〉―終戦60年企画
(2006/03)
NHK「あの日 昭和20年の記憶」取材班

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「60年前、日本人は、今では想像もつかない日々を送っていた」

この本は、太平洋戦争の終結した昭和20年の一日一日を、その時代を生きた様々な著名人の証言で綴ったものです。

青島幸男、朝丘雪路、岡田真澄、黒川紀章、坂上二郎などなど、僕も良く知っている人たちが多く出てきます。

たとえば今日、7/12の証言はサックス奏者の渡辺貞夫さんです。

~略~
そこに行く途中、ほんとに2,30歩ぐらいの距離だったんですが、僕の家と隣の家に焼夷弾が落ちました。
隣の家に25発、僕の家に5発落ちてました。
道を挟んで自分の家が燃えているのを見まして、ああ、全部焼けてしまった、大切にしていたメンコがこれでおしまいだなんて思いながら防空壕に行ったんです。
でもそこはもう満員で、たくさんの人が中に入って、南無妙法蓮華経とか南無阿弥陀仏とか唱えている。
親が、ここじゃダメだから、「五本丸」ってお城の跡があったんですが、そこに逃げようって。
そこは広場、大きなスペースがあって、そこの土手の上にお稲荷さんがありまして、堀の中を渡ってお稲荷さんまで逃げたわけです。
~略~



2005年に存命中の方たちなので、昭和20年当事は子供や若者だったため、ほとんどの人は庶民で、軍人でも比較的階級の低い人が多いです。
それだけに、当時の生活、一般の人たちの考え方、感情といったものがストレートに伝わってきます。


上巻・下巻と分かれていますが、1~5月が上巻、6~12月が下巻となっています。
終戦が8月ですから、下巻の途中で戦争が終わります。

戦争中の証言でも、全てが悲惨だったり悲愴だったりするわけではありません。
人によっては安全な場所で比較的恵まれた生活をしていた人もいたからです。
が、8月までのほとんどのお話には、恐怖や不安、貧困、空腹、悲しみや悲壮な決意や絶望感が背景にあるように思いました。

戦争というものが、いかに庶民を苦しめるものであるか。
家族や親友や恋人、職場や学校や家庭、将来の夢や希望、それらが目の前で殺され、打ち砕かれ、引き裂かれていくのです。


さて、8月15日を境に、この本で語られるお話のトーンは一変します。

戦争に負けた悔しさよりも、ほっとした、死なずに済んだという安堵感のほうが多かったようです。
それほど戦争中の暮らしが辛かったということなのでしょう。

新しい価値観の中での新しい暮らしを語る口調には、どこか希望の光が見え隠れします。
食糧事情はむしろ戦争中より悪くなり、治安も悪化して生活は非常に苦しかったらしいのですが、それでも戦争が終わった嬉しさがにじみ出ています。

ただ、満州や中国にいた人々の本当の悲劇はここからはじまったのですが・・・

【つづきを読む】

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これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実
2008.07.11 (Fri)
これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社ノンフィクション文庫 571)これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社ノンフィクション文庫 571)
(2008/05)
中村 秀樹

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毎度お断りしていますが、僕は軍事マニアじゃありません。

戦争には絶対反対です。軍隊も兵器もこの世から全部無くなれば良いと思います。

ただ、現実の世界では軍事力がモノを言うことも知っています。

現実の世界を良く知りたいと思うと、どうしても軍事のことを避けては通れないと思っています。


で、この本は以前ご紹介した「本当の潜水艦の戦い方―優れた用兵者が操る特異な艦種」を執筆された中村秀樹さんの手によるものです。

「本当の潜水艦の戦い方」では、主に歴史的な潜水艦戦の解説、また現在の軍艦の分類やそれらの特色についての一般的な説明が記されていました。


今回の「これが潜水艦だ」は、当ブログに遊びに来てくださった「ふくろう」さんからお勧めいただいたもので、現実の海上自衛隊の潜水艦について、機密に抵触しない範囲で様々なことが紹介されています。

それもそのはず、著者の中村秀樹さんは、元海上自衛隊の潜水艦艦長を勤められた方。

潜水艦乗組員の組織、潜水艦での生活、潜水艦の運航システム、敵艦の探知、日常訓練、他の自衛隊組織(水上艦船との関係、航空自衛隊との関係)などなどが、実体験をもとに綴られています。


潜水艦の戦い方も書かれていますが、これを読むと、完全に存在を隠した潜水艦との戦いでは、航空母艦もイージス艦も駆逐艦も水に浮かんでいるものは全て「カモ」になってしまうということです。

考えてみれば当たり前で、姿が見えない敵に勝つことなどできません。「心眼」でも使えれば別ですが。

したがって、水上にある軍艦が、水の中にいる潜水艦と闘うには、いかに潜水艦を見つけ出すかがポイントになるわけですが、どうもそれはほとんど無理のようです。

それは潜水艦のほうが水上艦を遠くから発見できるシステムを持っているからで、水上艦が潜水艦を見つけるころには、とっくに潜水艦から攻撃を受けている、と。

むむむ。

潜水艦を叩こうとすれば、より高性能の潜水艦を持ってするしかない、ということでしょうか。

本書の中では、日本の潜水艦は(高速航行・長時間潜航が可能な原子力潜水艦ではなく、不便なことも多いけど音が静かで見つけられにくい電池式だそうです)世界でもかなりイイ線いっているそうなので、まあ安心です(?)。


また、潜水艦の組織は中小企業のようなものだと思いました。

人間関係を含む組織としての力が、艦の戦闘能力にまで影響するそうです。企業と一緒ですね。

部下をうまく使える艦長、部下から尊敬される艦長の率いる潜水艦は、やはりいい仕事をするんだとか。

基本的に潜水艦は単独行動なので、逐一命令を受けながら航行する他の水上艦とは違い、艦長の裁量がある程度認められていることも、なんとなく中小企業を思わせます。

図体は大きくないけど、自由度は高い。そのなかでどれだけのことができるか。

軍隊は規律に厳格な巨大組織の最たるものだと思いますが、その中でこういう自由が認められている部隊があるというのは面白いですね。

とても面白く読めて、勉強になる本でした。


他の国の潜水艦が日本近海でどうこう、というニュースがごくたまにありますが、ああいうのはちゃんと聞いておいたほうがいいですね。
【記事編集】 |  23:55 |  院長のちいさな書斎  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑
シュリーマン旅行記清国・日本
2008.05.07 (Wed)
シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))
(1998/04)
石井 和子、H.シュリーマン 他

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幕末にはさまざまな外国人が「神秘の国」日本を訪れていますが、トロイア遺跡発掘で有名なドイツ人、シュリーマンもその一人でした。

貧しい家に育ったシュリーマンは、様々な苦労を重ねながらも事業を大成功させました。
彼は41歳のとき、すべての商売をなげうって、自分の夢のために生きることを志します。
事業で得た金をもとに、世界旅行(当時の世界旅行は冒険旅行といってもいいかもしれません)をはじめました。
出発は1865年。トロイア遺跡の発掘という偉業を成し遂げる6年前のことでした。

この本は、そのときに訪れた清国(中国)と日本についての旅行記です。

清国を旅したシュリーマンは、万里の長城や紫禁城などの歴史的遺産に驚嘆しつつも、当時の退廃的な社会や人間たちに落胆します。

当時の清国政府は、対外的には欧米列強に主権を侵食され、国内でも統治能力が欠如し、内乱が起こり、国土は荒れ、街は汚れていました。
また国民もアヘンに溺れる者、賭け事に狂う者、家を失い路頭に迷う者などが続出していました。

シュリーマンは当時の北京を評してこう嘆息します。

北京はとても大きな街で、城門にたどりつくまでに一時間以上もかかった。
街をぐるりと囲む城壁内に七百万人は住めるだろう。
だが、実際の人口は百万にも満たないようにみえる。
早朝だったので、道を歩いても乞食に悩まされることなく、思う存分あたりを観察することができた。
ときどき、白っぽい花崗岩でつくられた石畳の残骸を見かけた。
崩れた石造りの下水渠や欠けた軒蛇腹、破損して泥にほとんど埋もれた塑像などがいたるところにあった。
花崗岩の立派な石橋もたくさん目にした。しかし、半ば崩れていたので渡ることができず、迂回しなくてはならなかった。
石畳の断片、瓦礫となった下水渠、壊れた軒蛇腹、塑像、石橋・・・北京の街のそれらすべてが、いまや荒廃し堕落した国民を表わしていた。
現在では二階建ての安っぽい家、汚れきって、首都の道路というよりは巨大な下水渠のような通りに、かつては偉大で創意に富んだ人々が住んでいたのだ。
舗装され、清潔な見事な道路、大邸宅、壮麗な宮殿があったのだ。
もし少しでもお疑いなら、北京の堂々たる城門や城壁を見るがいい。
その大きさについては既に述べたとおりである。
このような門や壁が今日見られるような街を守るために建造されたとは!
まったく考えられないことだ。
(39-40P)



シュリーマンは次に日本を訪れました。

彼は世界各地で出合った旅行者たちから、日本の素晴らしさを聞かされており、日本へ向かう船内から心踊る思いであったと書いています。

しかし、当時の日本はまさに幕末の激動期を迎えていました。

シュリーマンが訪れた1865年には、第二次長州征伐が行われています。彼は将軍家茂が京都へ向かう行列を見物しています。
前年の1864年は新撰組で有名な「池田屋事件」、それに引き続く禁門の変が起こっています。
そしてシュリーマン来日の2年後、1867年に幕府は大政を奉還し、江戸時代は終焉を迎えます。

しかし、このような歴史上の大転換期であったにもかかわらず、彼が見た横浜、東京(江戸)では秩序が保たれていました。
シュリーマンはその整然とした社会に驚きます。

この国には平和、いきわたった満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもまして良く耕された土地が見られる
(126P)



シュリーマンは簡素ながらも清潔で気品のある庶民の暮らしを絶賛し、彫り物や陶芸・玩具などの精緻さに驚嘆し、演劇やこま廻しのような芸能を楽しみ、賄賂を受け取らず毅然とした諦観をもつ役人たちに好感を覚えます。
それらは清国では(あるいはヨーロッパの先進国でも)見ることができないものでした。

日本文化や社会秩序を賞賛する一方で、彼は当時の江戸幕府の外交手法に対する痛烈な批判、各藩の大名たちの離反、外国人排斥の気運などについても書き記しています。


この本を読むと、欧米人から見た日本人の美点がよくわかります。
全体的にシュリーマンは日本文化を絶賛していて、日本人としては何だか読んでいて嬉しくなってきてしまいます。
(反対に清国の批判のされようはちょっと同情してしまうほどです。この本を中国で出版したら、シュリーマンは中国の人から相当嫌われるだろうなぁ)

しかし、シュリーマンが褒め称える日本の美点のうち、いったいどれだけのものが現代に残っているのでしょうか?
もう僕たちが捨て去ってしまったものもあるように思います。

でも、幕末のころから全然変わっていない部分もたくさんあります。

そして、これからの僕たちはどこへ行くのでしょうか?

本当に歴史って面白いですね。
昔のことを読んでいるはずなのに、現在や未来のことを必ず考えてしまいます。
【記事編集】 |  20:19 |  院長のちいさな書斎  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑
古代エジプトうんちく図鑑
2008.01.20 (Sun)
古代エジプトうんちく図鑑古代エジプトうんちく図鑑
(2004/05)
芝崎 みゆき

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今回は気楽に読める本を。

古代エジプトの神話・歴史や、遺跡の発掘、現在の観光名所の体験リポートなどをぎゅうぎゅうに詰め込んだ本です。

基本的には漫画ですが、その情報量はとんでもない!ものすごい濃さです。

筆者のエジプトへの底なしに深い愛情が薄気味悪いほど伝わってくる稀有な書です。


著者の芝崎みゆきさんは、別に考古学者でもなんでもなく、個人的な趣味でエジプトのことを学び、実際にエジプトを旅し、このような素晴らしい本にまとめ上げました。

まずエジプトの神話が紹介されます。
太陽神「ラー」、女神「イシス」、冥界の王「アヌビス」など、どこかで聞いたことの有るような無いようなオールスターが総出演です。
単なる神話の羅列じゃなくて、人間味のある神様として紹介してくれているので非常に読みやすいです。
どこの国の神話もそうですが、話が矛盾していたり、ある神様と別の神様がごっちゃになっていたり、そういうのはご愛嬌だそうです。

そして、エジプトの遺跡の発掘の歴史。
ツタンカーメンの黄金のマスクなど、様々な歴史的遺産がどのように発掘されたのか、そして個性豊かな考古学者たちの発掘争いなど、かわいいイラストですが非常に濃密なパートです。

さらに、エジプト旅行記。
著者はあまり綿密な予定を立てず、しかもお金もケチって旅をした(失礼)ようで、行く先々でトラブルに巻き込まれます。
ちゃんとチケットを買ったのに飛行機が飛ばなかったり、なんだかんだと理由をつけてお金をせびるガイドに出会ったり、出るはずの船がたまたま休みだったり。
しかし筆者はめげずにエジプト中を旅して回ります。凄いエネルギーです。
僕だったらこんな目にあったら、泣いて日本へ帰ります。
ある意味、一番勉強になる章です。

それからエジプトのファラオ(王様)の歴史。
記録に残っているファラオは全員紹介されているみたいです。凄いの一言です。
ファラオの歴史はエジプトの歴史。これでエジプトの歴史はバッチリね!


それにしても、ものすごい情報量の本です。

これだけの内容を、面白く手軽に読ませてしまう筆者の力量には感嘆します。

歴史が好きな方、遺跡が好きな方、旅行好きな方、悠久のエジプトへ現実逃避したい方(笑)など、どなたにもお勧めの一冊です。
【記事編集】 |  21:02 |  院長のちいさな書斎  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑